歴代の教祖

初代教祖(初代おしえおや)・御木徳一日知

第二代教祖(第二代おしえおや)・御木徳近日知

  • Second Founder

     第二代教祖・御木徳近(みき とくちか)日知は、かつてのひとのみち教団の第二代教祖であり、父・徳一日知と共に獄に投じられましたが、太平洋戦争終結によって自由の身となり、1946年(昭和21年)9月29日に佐賀県鳥栖市で、PL教団※を立教しました。
    ※1974年(昭和49年)に現在の名称に変更
     翌1947年(昭和22年)9月29日、第二代教祖はPLの教義の根幹となる「PL処世訓21か条」を制定し、人間としていかに生くべきかを世に明らかにしました。

     立教後、教勢は発展の一途をたどり、本部(後に大本庁)も1949年(昭和24年)4月静岡県清水市へ、1953年(昭和28年)大阪府富田林市へと移り、富田林市の大本庁敷地を聖地と定められました。その聖地に1955年(昭和30年)PL学園、1956年(昭和31年)PL病院が設立され、1970年(昭和45年)には超宗派万国戦争犠牲者慰霊 大平和祈念塔 (略称=大平和祈念塔)が建立されました。
     第二代教祖は1983年(昭和58年)2月2日、82歳で亡くなりました。

第三代教祖(第三代おしえおや)・御木貴日止日知

  • 教主

     おしえおやの神業は、第二代教祖が亡くなって時を移さず、後継者に指名されていた御木貴日止日知に継承されました。
     第三代教祖は教えを実行する在り方の範を示され、国内・海外の教会、支所、出張所のほとんどを巡教され、PL処世訓の英訳を見直され、時代に適合した教えを説かれました。常に世界平和を願われ「世界平和というのは身近な平和からの積み重ねである」、「皆さん方の気持ち一つで、世界に平和がやってくることができるのです」と説かれました。
     第三代教祖は2020年(令和2年)12月5日、63歳で亡くなりました。